ことばの疑問

文章を書くときに、常用漢字表にない漢字を使ってはいけないのでしょうか

2021.03.23 小椋秀樹

質問

文章を書くときに、常用漢字表にない漢字を使ってはいけないのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)であり、改定前の常用漢字表(昭和56年内閣告示、内閣訓令)について解説したものです。ただし現行の常用漢字表(平成22年内閣告示、内閣訓令)にも、ここで述べた「目安」の趣旨は踏襲されています。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

常用漢字表にない漢字。使ってはいけないのでしょうか。

回答

漢字使用の目安

常用漢字表は、平成22年11月30日に内閣告示・内閣訓令によって実施された漢字の一覧表で、2136字の漢字の字体や音訓などを示したものです。元々この表は、昭和56年に内閣告示・内閣訓令によって実施されたもので、1945字の漢字を掲出していました。現行の常用漢字表は、昭和56年の常用漢字表から5字を削除した上で、196字を追加したものです。常用漢字表の性格については、前書きに「法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」とあります。また、科学・芸術などの専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではないこと、過去の文献における漢字使用を否定するものではないことなども示されています。

つまり、常用漢字表は、現代において広く一般を対象とするような公的な場での漢字使用の目安であって、常用漢字表にない漢字や音訓(表外字・表外音訓)の使用を制限しようとするものではないのです。このことは、改定常用漢字表(文化審議会答申)にも、

一般の社会生活における漢字使用の目安となることを目指すものであるから、表に掲げられた漢字だけを用いて文章を書かなければならないという制限的なものではなく、必要に応じ、振り仮名等を用いて読み方を示すような配慮を加えるなどした上で、表に掲げられていない漢字を使用することもできるものである。

とあります。また、漢字に振り仮名を付けることについては、常用漢字か否かにかかわらず、文脈や読み手に応じて配慮すべきことともしています。

常用漢字表が定めているもの

公用文・新聞における漢字使用の基準

常用漢字表が対象としている公用文・新聞において、常用漢字表がどのように取り扱われているのかを見てみましょう。

公用文では、常用漢字表に従って漢字を用いることが定められていますが、固有名詞や専門用語などについては表外字の使用も許容しています。ただし、専門用語等で読みにくいと思われる場合には振り仮名を付けるなどの適切な配慮をするとしています。

新聞では、読みやすく分かりやすい記事を書くために、常用漢字表を基に、各社独自の漢字使用の基準を作っています。この基準は、新聞社などが加盟する日本新聞協会が決定したものを基に、各新聞社で更に検討を加えて作られます。例えば、日本新聞協会の決定では、常用漢字のうち「虞」「且」「謁」「但」「朕」「附」の7字を使わないとする一方で、表外字である「いそ」「きずな」「ショウ」「シン」「ハイ」の5字を新聞で使用できるとしています。

以上のように、公用文・新聞は常用漢字表を漢字使用の基本としています。表外字の使用を一部認めていますが、それは、常用漢字表は目安であり、「運用に当たっては、個々の事情に応じて、適切な考慮を加える余地のあるもの」(常用漢字表・前書き)という趣旨を踏まえた改善と言えます。常用漢字表やその趣旨を尊重していることがうかがわれます。

公文書と新聞社の漢字使用基準

常用漢字表の趣旨を大切に

常用漢字表は、その前書きにもあるとおり、制限的なものではなく、また個々人の表記にまで及ぼそうとするものではありません。しかしこれは、ふだんの生活の中で常用漢字表を無視してもかまわないということではありません。わたしたちがふだんの生活で書く文章の中にも、多くの人を対象とした公的な性格を持つものがあります。身近なところで言えば、町内の人に配るお知らせが挙げられます。また仕事で作成する文章は一般に公的な性格を持ちますが、その中でも案内状など社外にあてた文章は、より公的な性格の強いものと言えます。このような文章を書く際に常用漢字表を無視して漢字を使うと、読み手の理解を妨げるおそれがあるということは十分認識しておく必要があるでしょう。

常用漢字表で言う「目安」とは、「一般の社会生活において、この表を無視してほしいままに漢字を使用してもよいというのではなく、この表を努力目標として尊重することが期待される」(常用漢字表・前文(国語審議会答申))という趣旨のものです。この考え方は、昭和56年に常用漢字表が制定されたときから変わっていません。したがって、現代の一般の社会生活において文字による効率的な意思疎通を行うためには、常用漢字表やその趣旨を十分に理解し、大切にしていくことが求められます。

(小椋秀樹)

書いた人

アメリカ国旗と建物

小椋秀樹

OGURA Hideki
おぐらひでき●立命館大学 文学部 教授。
専門はコーパス日本語学。特に近現代の語彙・表記の研究。国立国語研究所在職時(1998~2012年)に『日本語話し言葉コーパス』『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の構築に従事する。大学では、コーパス日本語学をテーマとしたゼミ・講義を行っている。主著に『コーパス日本語学2 書き言葉コーパス 設計と構築』(共著、朝倉書店)がある。

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