テレビのアナウンサーが「トレーナー」を「トレーナー」と「レ」から後をすべて高く発音していました。「レ」だけが高い「トレーナー」が正しいと思うのですが。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
日本語のアクセントは、声の高低によって特徴づけられます。例えば東京方言では、「雨」は「ア」が高く「メ」が低い、「飴」は「ア」が低く「メ」が高いというように区別されます(以下、高いところに を付けて示します)。ここで「雨」は、「高―低」のように高から低への下がり目がありますが、「飴」は「低―高」と上がるだけで下がり目がありません。このように下がり目があるものを起伏式アクセント、下がり目のないものを平板式アクセントと呼んで区別しています。
起伏式 : ゲンゴ(言語) ホーゲン(方言)
平板式 : コクゴ(国語) ニホンゴ(日本語)
「男」は「オトコ」なので、平板式のようですが、助詞ガを付けるとオトコガのように「コ」の後に下がり目があるので起伏式になります。
「トレーナー」はもともと「レ」の後に下がり目のある起伏式でしたが、最近では平板式の発音も多く聞かれるようになりました。このように従来起伏式で発音されていた語のアクセントが平板式に変化していく現象を「アクセントの平板化」と呼びます。「美人」「ビデオ」「かなり」など様々な語に見られ、東京の言葉を中心に進行しています。
なぜ平板化するのかについては、まず起伏式より平板式の方が記憶や発音の労力の面で楽ということが考えられます。起伏式は個々の単語ごとに下がり目の位置を覚えなければなりませんが、平板式はその必要がありません。さらに、平板式のように下がり目がなければ発音のために余分なエネルギーを使わずに済むというわけです。
また、外来語のアクセントの平板化は、慣れ親しんだ語ほど起こりやすい傾向があります。ギターに接する人ほど「ギター」、バイクが好きな人ほど「バイク」と発音する傾向に気づいている人もいるかもしれません。それぞれの分野や集団で日常的に使う単語に、平板化がいち早く起こり、そのアクセントを使うことが、専門性を示したり、分野や集団内の仲間意識につながる、ということが指摘されています。
芸能・放送関係 : ドラマ、モデル、マネージャー、リハーサル
コンピュータ関係 : データ、ファイル、アドレス、ユーザー
スポーツ関係 : ゲーム、バイク、サーファー、トレーナー
このような分野の一種の業界アクセントともいうべきアクセントが、放送などを通じて一般の視聴者の耳に入ってきます。平板式で発音することが「かっこいい」といったある種のイメージや流行となって、専門家や若者から一般に広まっていくということは十分に考えられるでしょう。平板化の影響で「パンツ」(下着)と「パンツ」(ズボン)のようにもともと同じだった語がアクセントだけで区別される現象も起きています。
御質問の「トレーナー」には「衣服の一種」と「訓練の指導者」の意味がありますが、共通語の担い手と言われるアナウンサーが準拠している1985年版NHK編『日本語発音アクセント辞典』ではどちらも「トレーナー」でした。ところが、1998年の改訂新版では「衣服の一種」の意味では平板式の「トレーナー」が主なアクセントとして追加されています。これは改訂に当たってアナウンサーを対象としたアクセント調査の結果、「トレーナー」を含む多くの外来語で若い人ほど平板式が増えているという傾向に基づいています。
言葉が変化するのと同様、アクセントも時代とともに変化します。アナウンサーと言えども少なからずその影響を受けます。現在は平板式の「ピアノ」「アルバム」「ライオン」などの語も、もとは起伏式でした。「トレーナー」も、意味にかかわらず、いずれは起伏式で発音している人はほとんどいなくなっているかもしれません。
(小河原義朗)