ことばの疑問

「役不足」は、〈力不足〉の意味だと思っている人のほうが多いのでしょうか

2022.02.16 新野直哉

質問

“役不足”という語を「そんな大役を果たすには私では役不足です」のように〈力不足〉の意味で使うのは誤用だ、と初めて聞いてからもうずいぶん経ちますが、いまだにそのような意味で使っている人がいます。今、この語はどのような意味だと思われているのでしょうか。

「役不足」<力不足>の意味で使っている人のほうが多いのでしょうか?今はどう使われているのですか?

回答

“役不足”の「正用」と「誤用」

まず“役不足”の意味を確認しておきます。『日本国語大辞典』第二版(小学館)にはつぎのようにあります(用例略)。③が「誤用」です。

役不足
①振り当てられた役に対して不満を抱くこと。与えられた役目に満足しないこと。
②その人の力量に対して、役目が不相応に軽いこと。軽い役目のため実力を十分に発揮できないこと。
③(誤って、役に対して自分の能力が足りないの意と解したもの)役割を果たす力がないこと。荷が重いこと。

この語は江戸時代から使われていますが、現時点で確認されている③の意味での最も早い例は、大正8(1919)年4月28日付『大阪時事新報』の、第一次大戦後の「パリ講和会議」に関する記事に見られます。日本の委員の陣容が準備不足のため諸外国に比べ貧弱だったが大過はなかった、と報じる記事の中に、「委員諸氏を役不足と云ふに非ず、日本の不準備を云ふのみ」とあります。これは、<委員諸氏が役目を果たすには能力が不足している、と言いたいのではない。そもそも日本が準備不足だった、と指摘したいだけである>と「誤用」で解釈するのが妥当です。

そして、現時点で“役不足”の「誤用」を指摘したもっとも早い文献は昭和40(1965)年の雑誌コラムで、50年代に入ると指摘する文献が多くなります。それ以降今日まで、「間違った日本語」の事例を集めた一般向けの図書や雑誌特集記事では必ずと言っていいほど取り上げられています。ウェブでも、“役不足”で検索すると、その「誤用」を指摘する記事が大量にヒットします。

ただし、最新版の国語辞典では、少数ですが、「誤用」とはせず新しい用法として記載するものもあります。

“役不足”の現状

それでは、この語は実際にはどう使われているのでしょうか。『朝日』『毎日』『読売』3紙の記事(東京本社版のみ。地方版の記事、この語の用法自体に関する記事は除く)における平成元(1989)年から令和2(2020)年までの用例を調査しました。すると、3紙合計で、20世紀中は「正用」10例・「誤用」17例と「誤用」例の方が多いものの、21世紀に入ってからは、「正用」19例に対し「誤用」は『読売』の連載小説と作家のエッセイの中の1例ずつ以外は見られない、という結果になりました。これは偶然とは考えられず、各紙がこの時期に、この語の「誤用」が紙面に出ないようにする、という校閲方針を徹底させたと見るべきでしょう。

一方、Yahoo!Japanの「リアルタイム検索」機能を使って最新(2021年12月22日時点)のTwitterの投稿を“役不足”で検索してみると、「誤用」で使っている(と思われる)ツイートが多い中にときおり「誤用」そのものを話題にするツイートがあり、「正用」で使っているツイートはほとんど見られません。

次に、世論調査の結果を見てみましょう。この語の意味について、文化庁の「国語に関する世論調査」では、過去平成14、18、24年度の三度にわたり調査しています。その結果は表1のとおりです。選択肢は(イ)が「正用」で(ア)が「誤用」です。14年度から18年度にかけては、12~13ポイント「正用」の数字が増えて「誤用」のそれが減っています。つまり「正用」が巻き返したわけですが、18年度から24年度にかけては両者とも数字はほぼ横ばいで、巻き返しの勢いが止まったように見えます。

表1 グラフ「国語に関する世論調査」の結果(例文は、「彼には役不足の仕事だ」)。(ア)本人の力量に対して役目が重すぎることと回答した人は、14年度は62.8、18年度は50.3、24年度は51.0。(イ)本人の力量に対して役目が軽すぎることと回答した人は、14年度は27.6,18年度は40.3、24年度は41.6。アとイの両方と回答した人は、14年度は2.8、18年度は2.9、24年度は2.5。ア、イとは全く別の意味と回答した人は、14年度は1.8、18年度は0.3、24年度は1.6。分からないと回答した人は、14年度は5.0、18年度は6.2、24年度は3.4。計すべて100.0。数字は%。
表1 文化庁「国語に関する世論調査」の調査結果より作成

次に、24年度の(ア)(イ)の結果を世代別に示したのが表2です。ここで注目すべきは、10代(16~19歳)では「正誤」が同ポイントで並んでおり、20代でも「誤用」が3ポイント強上回る程度なのに、50代では約20ポイント、60代以上でも約10ポイント「誤用」が上回っている、ということです。つまり、若い世代の方が「正用」が何かわかっているというわけで、この語については「今の若い者は……」という中高年の常套句は当てはまらないのです。

表2 文化庁の「国語に関する世論調査」(ア)本人の力量に対して役目が重すぎることと回答した人は、10代 47.3、20代 49.7、30代 50.2、40代 49.2、50代 57.9、60代以上 50.1。 (イ)本人の力量に対して役目が軽すぎることと回答した人は、10代 47.3、20代 46.3、30代 44.3、40代 45.0、50代 38.1、60代以上 39.5。
表2 文化庁「平成24年度 国語に関する世論調査」の調査結果より作成

“役不足”をどう使うか

以上から、この語の「誤用」は新聞では見られなくなったものの、まだまだ勢力を保っているといえます。

それでは、我々はこの“役不足”にどう対処していくべきでしょうか。「本来のものと違う意味だと思っている人の方が多いとしても、正しいものは正しいんだから、私はあくまで本来の意味で使う」というのも一つの姿勢です。しかし、人によってほぼ正反対の意味だと思われているこのような語は、注意が必要です。

鈴木「部長、なぜ今回のプロジェクトのメンバーに僕が入ってないんですか」
部長「鈴木君では、役不足だと思ったからだよ」

鈴木君がメンバーに入らなかったのは、その実力に対しプロジェクトが簡単すぎたからでしょうか、それとも難しすぎたからでしょうか。鈴木君が「正用」しか知らなければ前者、「誤用」しか知らなければ後者と考えることになります。二人の考える“役不足”の意味が違っていれば、思わぬ行き違いが生じかねません(表2の結果から考えれば、部長は「誤用」で使って鈴木君は「正用」だと受け取る、というケースも十分あり得ます)。もちろん、この後で部長が選ばなかった理由をちゃんと説明すれば、それは防げます。

思わぬ行き違いを生む恐れがある語と知った上で注意して使う

大事なのは、この語はこのような行き違いを生む恐れがあるということを知ったうえで、注意して使う、ということです。これは、「誤用」への迎合や妥協ということではありません。自分の意図が相手に正確に伝わるような表現をするよう心掛ける、というコミュニケーションにおいてきわめて当たり前のことなのです。

(新野直哉)

書いた人

新野 直哉先生

新野直哉

NIINO Naoya
にいの なおや●国立国語研究所 言語変化研究領域 准教授。
「誤用」と呼ばれるような近現代の新語・新用法、さらにそれが同時代の人々にどう受け止められたかという意識の問題に関心を持ち、研究を行っています。また、そのような研究に役立つような新資料の探索・紹介にも力を注いでいます。

参考文献・おすすめ本・サイト