日本語の敬語は難しいという話をよく聞きますが、外国語にも日本語と同じような敬語はあるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』15号(2002、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
まず、敬語とは何かを改めて考えてみましょう。
たとえば、テレビの天気予報を見ていたところ、あしたは雨が降ると言っていたとします。それをだれかに伝える場合どう言うでしょうか。もし、必要最小限の言葉で伝えるとすれば、「あしたは雨だ」という言い方になりますが、どんな相手に対してもこの言い方をするという人は恐らく少ないでしょう。友人や家族に対してであればそう言うかもしれませんが、目上や知らない人に対する場合は「あしたは雨です」のように「だ」を丁寧語の「です」に置き換えて言うことの方がむしろ普通でしょう。つまり、相手は自分より目上の人物なのだ、距離を置くべき人物なのだという話し手の判断が、「です」への置き換えを選択させたわけです。
こうした表現上の配慮は相手に対してだけに限られません。表現することがらの中に人間が出てくる場合、その登場人物に対しても配慮が見られることがあります。たとえば友達の山田君を話題にする場合は「山田も行くそうですよ」と言うのに対し、先輩の加藤さんを話題にする場合は「加藤さんもいらっしゃるそうですよ」のように「さん」を付けたり尊敬語「いらっしゃる」に言い換えることはよくあります。これらは登場人物に対する配慮です。
こうした、話し手と相手との関係、あるいは話し手と話題の人物との関係などによる表現の使い分けの中で、主として目上や距離を置くべき人物に対して使われる表現(「です」「~さん」「いらっしゃる」など)のことを「敬語」と言います。「敬語」という言葉の成り立ちから言うと、本来は敬すべき目上に対して用いられた表現ですが、現在では社会的・心理的に距離を置く人物に対しても使われる面が少なくありません。
では、こうした敬語は外国語にもあるのでしょうか。
私たちにとって一番なじみの深い外国語である英語の場合を考えてみると、「雨だ」も「雨です」も “It will be rain.” ですし、「加藤さんが行く」も「加藤さんが行かれる」も「加藤さんがいらっしゃる」も “Mr./Ms. Kato will go.” です。いずれも表現に違いは生じません。つまり、英語には日本語のような敬語は無いと言えそうです。英語と系統も文法も異なる中国語の場合も同様のようです。こういう言語を母語とする人にとって、日本語の敬語は難しいでしょう。
では、日本語と同じような敬語を持つ言語は世界中皆無かと言うと、そうではありません。たとえば韓国語(朝鮮語)には日本語とよく似た敬語があります。「(雨が)降る」は「(비가)오다」であるのに対し、「(雨が)降ります」は「(비가)옵니다」となります。また「加藤さんが行く」は「加藤씨가가다」であるのに対し、「加藤さんが行かれる/いらっしゃる」は「加藤씨가가신다」となります。ただし、韓国語ではよその人に対しても「お父様が旅行にいらっしゃる」や「社長様が到着なさる」と言える点は日本語と異なります。
このほか韓国語には、日本語の「~さま」にあたる「~님」という敬語があります。「あなた」「きみ」など相手を指す代名詞(二人称代名詞)ということになると、いろいろな言語に敬語に相当する言い方が存在します。たとえば中国語の「你」に対する「您」、ドイツ語の「du」に対する「Sie」、フランス語の「tu」に対する「vous」などがそれです。
さて、これまで見てきた言語表現は、「何がどうする」という〈情報伝達〉を主目的とする表現でした。しかし言語表現は、相手に対する〈働きかけ〉としても使われます。たとえば、うるさくしている相手を黙らせたり、相手から何か物を貸してもらうために言葉を用いるということがあります。そうした場合には直接的な物言いを避けることがよくありますが、じつはこれも相手に対する配慮であり、敬語に連続する面があります。たとえば「静かにしろ」に対する「すみませんがもう少し静かにしていただけませんか」のような表現です。こうした言い回しによる“敬語”を最近は「敬意表現」と呼んでいますが、ここまで範囲を広げると、たとえば英語の “Be quiet.” に対する “Excuse me, would you mind being a little more quiet?” のように、いろいろな言語に “敬語” が見られます。
(尾崎喜光)