こちらからかける電話や出す手紙についても、「お電話」「お手紙」と言ったりしますが、自分側のことに「お」を付けていいものでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
まず、「お/ご」の用法を、名詞に付く場合を中心に、簡単に整理しながら考えてみましょう。
「先日はお電話をありがとうございました。」のように、相手からいただいた電話に「お」を付けて、相手に敬意を表す尊敬の用法です。相手に属するものに「お」を付けて尊敬を示すわけです。このことが頭にあると、自分からの電話や手紙に「お」を付けるのは間違っているような気になります。しかし、「お」には、次のような用法もあるのです。
自分の方からかけた電話や自分が書いた手紙であっても、相手に差し上げるものとしてとらえるとき、「お」を付けることができます。「突然お電話いたしまして申し訳ございません。」のように、相手に差し上げる電話に「お」を付けて、間接的に相手に敬意を表す謙譲の用法です。この場合には、自分側の電話や手紙に「お」を付けても間違いではありません。
なお、謙譲の用法では、「お電話」「お手紙」のほかに「お返事・お話・お知らせ・お願い・お礼・お祝い・お見舞い・ご説明・ご報告・ご案内・ごあいさつ」なども「お/ご-する」「お/ご-いたす」「お/ご-申し上げる」の形で用いられます。(参考 : 「問36」、文化庁『「ことば」シリーズ9 言葉に関する問答集4』。「問6」、文化庁『新「ことば」シリーズ2 言葉に関する問答集―敬語編―』)
「お」には、別の用法もあります。
美化語は丁寧語と似た性格を持つのですが、必ずしも聞き手に対する敬意表現として用いられるわけではなく、話し手が自分の言葉遣いを上品にするために使われるものです。それで丁寧語と区別されています。
美化語は、男性よりも女性の方がよく用いる傾向にあります。国立国語研究所報告73『企業の中の敬語』によれば、「交通ストでも会社はお休みにならないんだっけ。」という文で、「お休み」を使うかどうかたずねたところ、男女差が顕著に現れました。「お休み」は三割の人が使うと回答しましたが、女性では六割、男性では一割弱という違いが見られました。
よく美化語の「お」の使いすぎが話題になりますが、「お」を付けるか付けないかは、人によってかなり基準が違うようです。また、他人が使っている美化語に対する許容度も個人によってかなり差があります。「お祝い」「お茶」などは多くの人が「お」を付けるのが自然だと感じている語ですが、「お料理」などは付けたり付けなかったりで、女性や料理教室の先生には付ける人が多いかもしれません。「お人参」など付きにくい語もあります。
一般に外来語には「お」が付きにくいとされますが、「おトイレ」「おジュース」などでも、片仮名に「お」は合わないと感じる人もいれば、気にせず「お」を付ける人もいます。(参考 : 「問16」、文化庁『新「ことば」シリーズ4 言葉に関する問答集―敬語編(2)―』。国立国語研究所『日本語教育指導参考書 敬語教育の基本問題(下)』)
文化庁文化部国語課『平成八年度国語に関する世論調査』では、「弁当」「天気」「皿」「ビール」「ソース」「紅茶」「酢」「薬」の八つの言葉について、ふだん「お」を付けて言うかどうかをたずねています。
「お」を付けない人が全体の九割以上に達するのは、「ビール」「ソース」「紅茶」です。これらの言葉では、「お」を付けて「おビール」「おソース」「お紅茶」と言う人は、全体の五%未満に過ぎません。
また、「薬」でも、「お」を付けない人が七割近く、「お薬」と言う人を大きく上回っています。「天気」「酢」では、「お」を付けない人が半数を超え、「お天気」「お酢」という人は三割程度です。
逆に、「お」を付ける人の割合の方が高いのは、「皿」「弁当」です。「お皿」「お弁当」を使う人が「皿」「弁当」を使う人よりも多くなっています。
(井上文子)