ことばの疑問

外来語や、外国の地名・人名の片仮名での書き表し方には、何か決まりがありますか

2022.03.29 三井はるみ

質問

外来語や、外国の地名・人名の片仮名での書き表し方には、何か決まりがありますか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

外来語、外国人の人名・地名

回答

外来語や外国の地名・人名の中には、「テキスト/テクスト」、「コンピューター/コンピュータ」「ブロードウェー/ブロードウエー/ブロードウェイ」(地名)「マルティネス/マルチネス」(人名)「ドボルザーク/ドボルジャーク」(人名)のように、同じ語が異なる片仮名で書かれる例が少なくないため、ある語をどのように表記するか迷うことがあります。

外国の地名・人名を含めて、外来語を片仮名で表記するときのよりどころとしては、1991年6月に、内閣告示・訓令として公にされた、「外来語の表記」があります。現在、法令、公用文、マスコミなどでは、これが、一定の目安とされています。その全文は、文化庁「外来語の表記」(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/gairai/index.html)などを参照してください。

外来語の表記が問題になるのは、日本語を書き表すための仮名を使って、日本語にはない、様々な外国語の音を写し取り、書き表そうとするからです。その際生じる問題には、少なくとも二つの種類のものがあります。

外国語が外来語として日本語に取り入れられる時、日本語にない発音には、基本的に、日本語の中のなるべく近い音が当てられます。例えば、英語の「Thank you」の「tha」の音は [θæ] ですが、この音は共通語の典型的な発音にはありません。そのため、聞こえの近い「サ」の音が当てられ、「サンキュー」となります。

しかし場合によっては、近い音が複数あって、どの音を当てるか、一つに定まらないことがあります。これが、発音、および、表記のゆれとして現れます。「テスト/テスト」、「コンピューター/コンピュー」「ドボルーク/ドボルジャーク」などは、このタイプのゆれの例です。

外来語 基本の表記とゆれ

一方、日本語の中にすでにある発音で間に合わせるのではなく、元の外国語の発音の特徴をなるべく残すように、日本語で従来使われていなかった発音を、新たに使うようになる場合もあります。このような音を「外来音」と言います。「チェック」の「チェ」、「フォーク」の「フォ」などの音がその例です。それまでになかった音を書き表すわけですから、表記の面では、固有の日本語や漢語を書き表すのには使われなかった組み合わせで、片仮名が用いられることになります。「チェ」「フォ」などは、そのような表記です。

外来音は、日本語としては新しい音であるだけに、人によっては、言い分けたり聞き分けたりするのに困難を感じることがあります。また、普及、定着の度合いが、音によって、また、同じ音でも語によって異なります。そのため、表記の上でも、外来音をどこまで反映させるかが、問題となります。「ブロードウェー/ブロードウエー」、「マルティネス/マルネス」などは、このタイプのゆれの例です。

外来音の表記とゆれ

「外来語の表記」(平成3年内閣告示第2号)では、特に、この外来音を表記する仮名について、多くのスペースをとって、基準と留意事項を示しています。その中では、外来音を表す仮名のうち、「シェ、ジェ」「チェ」「ツァ、ツェ、ツォ」「ティ、ディ」「ファ、フィ、フェ、フォ」「デュ」の十三を「外来語や外国の地名・人名を書き表すのに一般的に用いる仮名」とし(第一表)、次いで、「イェ」「ウィ、ウェ、ウォ」「クァ、クィ、クェ、クォ」「グァ」「ツィ」「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」「テュ」「トゥ」「ドゥ」「フュ」「ヴュ」の二十を「外来語や外国の地名・人名を原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」として掲げています(第二表)。そして、それ以外の書き表し方については取決めを行わず自由としています。「スィ」「ヒェ」などはそういった表記です。「ウィ」の音を表す仮名「ヰ」などは、明治時代以降、外来音を表す仮名として用いられてきました(例 : ヰスキー)が、この表には挙げられていません。しかし「外来語の表記」はこういった表記を否定するものではありません。

外来語の表記 「外来語の表記」に用いる仮名と符号の表
「外来語の表記」(平成3年内閣告示第2号):「外来語の表記」に用いる仮名と符号の表を基に、『ことば研究館』にて説明を加えて作成しました

具体的な表記のゆれの例を題材にして、「外来語の表記」の考え方に基づいて、解説したものに、新「ことば」シリーズ6『言葉に関する問答集―外来語編―』第四章、および、同8『同―外来語編(2)―』第四章があります。なお、地名・人名は、一般の外来語に比べて、原語の発音の特徴を残した発音をすることが多く、第二表の仮名がよく使われます。また、英語を出自とする語が圧倒的多数を占める一般の外来語と異なり、地名・人名の出自は多岐にわたるため、「外来語の表記」だけでは、カバーしきれない部分があります。時代による変化もあります。そこで、教育やマスコミの分野では、「外来語の表記」のほかに、独自の基準を設けて対応しています。

(三井はるみ)

書いた人

黒の背景に浮かぶ切子細工のイルミネーション

三井はるみ

MITSUI Harumi
みつい はるみ●國學院大學 文学部 教授。
ことばのゆれの地理的な背景に関心があります。耳にするけれど辞書の記述にないことば、類義語の使い分けのしかたの地域差、ルーツが忘れられた方言由来の共通語、個人差のようにも受け取られる話し方の違いなど、変化と変異のはざまのありようを調査によってとらえていきたいと思っています。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 文化庁「外来語の表記」(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/gairai/index.html
  • 国立国語研究所(1997)『新「ことば」シリーズ6 言葉に関する問答集―外来語編』 大蔵省印刷局
  • 国立国語研究所(1998)『新「ことば」シリーズ8 言葉に関する問答集―外来語編(2)』 大蔵省印刷局
  • 朝日新聞社用語幹事編(2019)『朝日新聞の用語の手引 改訂新版』 朝日新聞出版
  • NHK放送文化研究所編(2005)『NHKことばのハンドブック 第2版』 日本放送出版協会
  • 新聞用語懇談会編(2007)『新聞用語集』日本新聞協会
  • 毎日新聞社(2020)『毎日新聞用語集2020年版』(Kindle 版)毎日新聞社
  • 相澤正夫編(2013)『現代日本語の動態研究』より小椋秀樹「現代日本語における外来語表記のゆれ」 おうふう