ことばの疑問

“Call me taxi” と言っても、相手から「タクシー」と呼ばれるだけなのはなぜですか

2024.05.28 吉川正人

質問

「タクシーを呼んでくれ」のつもりで “Call me taxi” と言っても、相手から「タクシー」と呼ばれるだけなのはなぜですか

回答

 英語のジョークに、こんなものがあります。

A: Call me taxi. (タクシーを呼んでくれ。)
B: Taxi. (タクシー。)

タクシーを呼んでほしかったのに、ただ「タクシー」とだけ呼ばれてしまった、というものです。さて、なぜこんなことが起こるのでしょう。

それは、英語の動詞 call には、call A B という同じ形で

(1) AB を呼ぶ
(2) AB と呼ぶ
という2種類の意味があるからです。学校文法では、それぞれ第4文系(SVOO)、第5文系(SVOC)と呼ばれる構文に該当します。前者(SVOO)は言語学では目的語を二つ取ることから「二重目的語構文」と呼ばれます。このように、英語には同じ動詞、同じ単語の並びであっても、構文、つまり「全体でどのような文の型(タイプ)なのか」によって大きく解釈が異なることがあります。

そうなるとここで湧いてくる疑問は、call A B という配列に二つの構文の可能性があるのなら、一体英語話者はどうやってそのどちらであるかを見分けて/聞き分けているのだろうか、ということです。ここで注目したいのが、英語の「冠詞」です。

二重目的語構文の手掛かりとなる “○○○ me a △△△”

実は “Call me taxi.” という文には文法的に誤りがあります。taxi は数えられる名詞(可算名詞)であり、「タクシーを呼んでくれ」と言いたいのであれば「どれでもいいから1台のタクシーを」という意味でしょうから、不定冠詞である a を付けて、“Call me a taxi.” と言うのが本来の「正しい」英語の表現ということになります。逆に water や money のような不可算名詞であれば不定冠詞は不要ですが、同様に冠詞が(基本的には)付かない名詞として「固有名詞」が挙げられます。明らかに不可算名詞だと分からないものに冠詞がついていなかった場合、それは固有名詞、つまり人や場所の「名前」として解釈されるのが普通ではないかと思います。従って “Call me taxi.” と言った場合、taxi は「固有名詞」であり、この位置に固有名詞が来ているということは、「 A を B と呼ぶ」の方の構文である、と認識される可能性が非常に高い、と言えるかもしれません。

ここから、冠詞のような意味をほとんど持たず、発音上も目立たない要素でも、構文全体の認識にとっては大きな手掛かりとなる、という可能性が見えてきます。(*1) 実際、以前筆者が現代アメリカ英語の大規模コーパスである Corpus of Contemporary American English(COCA:Davies, M、2008)を用いて行った調査(吉川正人「悪魔は細部に宿る: 構文認識の分散的手掛かりとしての英語冠詞から探る聞き手指向の文法論」)では、“Call me a taxi.” のように me の直後に冠詞(a、an、the など)が続く配列([me 冠詞])があったとき、その直前に現れる語はほとんどが give や tell、show など二重目的語構文(SVOO)で用いられる動詞でした(表1)。(*2) 特に全体の三分の一以上が give であることを鑑みると、“○○○ me a △△△” という並びだけでかなりの確率で表現全体が二重目的語構文であることを推測できそうです。もちろんこの配列だからといって必ず二重目的語構文になるわけではありませんが、一つの有効な手掛かりであることは間違いないでしょう。

表1 COCAで[me 冠詞]の直前に現れた語(2017年時点)

逆に、me の後に冠詞が続かない場合はどうでしょうか。2023年時点の最新データで COCA を検索してみます。検索の都合上、me の直前に現れる動詞を見てみることにします。このやり方では me の後ろに冠詞が来るものも含まれますが、表1のデータを差し引けば冠詞が続かない用例数が凡そ算出できます。結果は表2に示した通りですが、最も頻度が高い動詞が tell に変わりました。give も相変わらず3位と上位に付けていますが、それより上の2位に二重目的語構文では用いない let があり、その他上位に help や excuse、want などもランク入りしています。

表2 COCAで me の直前に現れた動詞

「あなた」にとっての手掛かり:「聞き手指向」の文法?

me の後に冠詞が続くことがなぜこれほどまでに二重目的語構文の手掛かりになるのでしょうか。それは冠詞という品詞が、基本的には「名詞句」のスタート地点をマークすることになるからではないでしょうか。例えば “He is a good student.” であれば a が “a good student” という名詞句のスタート地点となります。さらに、名詞句という単位は英語の文において「主語」や「目的語」という主要な構成単位となります。言い方を変えれば、名詞句の「切れ目」が分かるということは、文構造全体を知る大きな手掛かりになる、ということです。

さて、これまで何度も「手掛かりになる」という言い方をしてきましたが、それはいったい「誰にとって」でしょうか。冒頭のタクシーのジョークを思い出してみましょう。“Call me taxi.” と言った人は「私にタクシーを呼ぶ」という二重目的語構文の「つもりで」話しているはずですが、それが聞き手に適切に認識されなかったので “Taxi.” と返されてしまったわけです。つまり、冠詞の振る舞いが有効に働くのは「聞き手」にとってであり、ここからこんな大胆な仮説を立ててみます。実は英語の文法自体が「聞き手が構造を推測し文全体の意味を誤解なく理解できる」ことを指向しているのではないか、というものです。

これほど大きな仮説を検証するのは途方もない作業だと思いますが、「無味乾燥」な規則の集まりのように見える「文法」というものに「人間味」を与える考え方であり、「そもそも現在英語に備わっている文法規則がなぜ存在しているのか」ということを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

ということで、改めて「『タクシーを呼んでくれ』のつもりで “Call me taxi” と言っても『タクシー』と呼ばれるだけ」なのはなぜかでしょうか。それは、あなたの発話が「聞き手に適切な手掛かりを与えていなかった」から、ということになるでしょう。

(*1) 実際は “Call me taxi.” のジョークは英語母語話者ではない日本人向けにアレンジされたもので、英語圏にも古くからあるジョークでは “Call me a taxi.” と正しく不定冠詞付きで発話していても “You are a taxi !” などと返される、という形式になっています。

(*2) 現在は COCAのコーパス検索システムの仕様変更によって残念ながら同様の調査を行うことができなくなっています。またデータ量も2020年まで毎年拡充されていたため、現在とは頻度が異なります。

書いた人

吉川正人

YOSHIKAWA Masato
よしかわ まさと●群馬大学 情報学部 准教授。
無味乾燥な文法規則をヒトの「記憶」のしくみや「規範意識」などを切り口に紐解く「人間味あふれる文法理論」を探求しています。近年はヒトが進化の過程でどのようにして言語を獲得したのか、という言語の起源や進化の問題にも取り組んでいます。

参考文献・おすすめ本・サイト

参考資料