よその地域の方言を話すには、どうすればいいですか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』16号(2003、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
伝統的な方言を調査する場合、その土地で生まれ、15歳まではその土地から離れたことがないことを話者の条件とすることがあります。これは、一般にその年齢までを言語形成期と呼び、言語の習得がほぼ完了すると考えられているからです。
ただし、これは、特別な学習を行うことなく自然な環境のもとで身に付く言語についてのことです。このような言語を第一言語、または母語と呼びます。第一言語は言語形成期に習得されますが、言語形成期を過ぎても第一言語以外の言語が習得できないという話ではありません。現に日本では、中学生になってから英語を、大学生になってから第二外国語を学び始めるのが一般的です。
もっとも、第一言語以外の言語の習得にあたっては、教育やそのための教科書など学習手段が必要であるのが一般的で、この点に留意しなければなりません。
第一言語として方言を習得し、それに対する共通語がまったく使えない(読み書きすらできない)という人は、現在ではほとんどいないはずです。これは、義務教育の中で共通語の読み書きや聞く話すことが教育されているとともに、日常的にテレビやラジオを通して、相当の時間にわたって共通語に接するからです。このように多くの日本人は第一言語としての方言を習得し、第二言語としての共通語も身に付けていると考えてよいでしょう。
これに加えてよその土地の方言ということになると第三以降の言語ということになります。方言としては、第二方言です。
三種類以上の言語を話すことは人間の能力としてそれほど特別のことではありません。実際、外国語を使いこなす日本人は少数ではありません。その人は、方言・共通語・外国語を使えるわけですから、最低三種類の言語を使っているわけです。それでは、よその土地の方言も話せるようになるものでしょうか。
結論から言えば、よその地域の方言を話せるようになることは可能なはずです。これは、人間の能力を超えたことではないからです。ただし、どこの方言でも簡単に話せるようになるということではありません。
上にも述べたように外国語の学習では、教育や教科書が必要です。方言もひとつの言語ですから、マスターするためにはやはりそれらが必要です。ところが、そのような条件が備わった方言は非常に少ないというのが現状なのです(山浦玄嗣『ケセン語入門』、西岡敏・仲原穣『沖縄語の入門』)。
結局の所、その土地の人が話す方言を耳で聞き、まねてみて、不明な点は尋ねてみるという方法をとるしかなさそうです。これは面倒ではありますが、努力次第で不可能なことではありません。
実際、言語学者の中には、このような形で方言をマスターし、土地の人と同様に話ができる人もいます。また、第一方言だけではなく第二方言の方言集まで作った人もいます。複数の方言の方言指導ができる演劇指導者もいます。完全にマスターするにはいたらなくともしばらくその土地にいて、土地の人と交流を持つうちになんとなくわかってきて話せそうな気がする、また多少それらしく話せるという人もいるでしょう。
第二方言は、第一方言や共通語と言語的に大幅に異なるものではありません。ですから、外国語よりは、習得にあたっての困難は少ないはずです。学習手段の欠如という壁を乗り越える努力をする限り、可能であると考えてよいでしょう(金田智子「問18」、国立国語研究所『新「ことば」シリーズ16 ことばの地域差―方言は今』参照)。
(大西拓一郎)