新聞や雑誌、テレビ等で意味不明のカタカナ語が非常に多く使われていると感じます。さらには、「IT」や「PC」のようなローマ字の略語も増えてきています。このままでは本来の日本語がなくなってしまうのではないでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
外来語が増えているといっても、現在のような増え方では、日本語の基本的な枠組みを崩すことはないでしょう。
一般的に、ある言語が別の言語から言語的影響を受けて変化することは珍しくないことですが、そのために言語全体が消失したり、他の言語に置き換わってしまうようなことは、長期間に渡る濃厚な言語接触や、言語以外の人為的な要因がなければ、起こり得ないでしょう。
有史以来、日本語にもっとも大きな影響を与えた言語は、古代の中国語です。文字、語彙、音韻、文法、文体など多岐に渡り日本語は古代中国語から影響を受けました。それでも、現在日常的に使用されている語を調べてみると、漢語の比率はさほど高くないことがわかります。国立国語研究所編『テレビ放送の語彙調査 1 方法・標本一覧・分析』(1995)によると、テレビ放送の音声で用いられている語を語種(言葉の由来に基づく分類)で見ると、和語が約70%、漢語が18%、外来語が約4%、混種語が8%という結果が出ています(延べ語数の場合)。
外来語の取り入れ方を言語の「構造」と「運用」の面から考えてみます。
現在、日本語がもっとも影響を受けている英語からの外来語を見ると、その影響はもっぱら語彙や文字の面に限られていることがわかります。「サンキュー(thank you)」や「バイオリン(violin)」などの語は日本語に定着している外来語ですが、原音にある [θ] や [v] の音は日本語の単語を構成する音として取り入れられているわけではありません(ただし、「ティ」「ファ」などの外来音といわれるものも若干存在します)。また、英語の基本的な文型である「主語 + 述語 + 目的語」のような型が日本語に影響を与えて、日本語の語順が変化したということもありませんし、日本語の名詞が語尾変化によって複数形を作る規則を生じたわけでもありません。
使われ方の面から見ると、外来語はあらゆる日本語の文脈で用いられているわけではなく、分野によるかたよりが見られます。例えば、野球と相撲のテレビ中継を比べてみれば、前者には外来語が多く、後者には非常に少ないことがわかるでしょう。このように、外来語の使用頻度は、その単語の使われる分野とも大きく関連しています。専門用語、とくに科学技術を中心とする自然科学系の用語や美容・ファッション・スポーツ関係の言葉には外来語が多く見られます。
一般に専門用語というものは、その分野に属する人たちだけが使っているうちは、お互いの共通理解に役立ち、便利でありかつ必要なものです。ただし、それらをその専門以外の相手に用いると正しく理解されない恐れがあります。自分にとっては使いなれている言葉でも相手にとっては、全く未知の言葉であるかもしれないからです。
とくに、すべての人に伝わることを目的とし、その意味が間違いなく理解されなければならない行政用語や、受け手にとってその言葉の理解が極めて重大な意味を持つ医療用語については、外来語のみならず、不用意に専門用語を使用せずに、相手の立場にたった用語を適切に用いなければなりません。
例えば、行政が規制の設定や改廃にあたって、原案に対して広く国民から意見を求める「パブリックコメント」という手続きがありますが、その実施にあたって、「○○に関するパブリックコメントを募集します」と書いただけでは、広く国民から理解される表現とは言えないでしょう。
ただし、これまでになかった事物や概念を言い表す場合に、どうしても専門用語である外来語を使ったほうがよい場合もあります。例えば、「マウスをクリックしてファイルを開いてください」というパソコンに関する説明を外来語抜きで行うのはかなり無理があるでしょう。その場合には、適切な説明を施したりして理解の助けとなる情報を添えることが肝要です。
近年、電子情報機器の発達や放送・出版の発展により、社会の情報流通がいっそう活発になり、これまで専門分野の外来語であったものが一気に大量に日常生活に取り入れられるようなことが起こっています。「生活語」のあり方としては、このような急激な変化は望ましくはありません。そのため、生活語として定着していないものは、分かりやすくするための工夫や配慮が必要です。
(山崎 誠)