「コンディション」には、「状態」や「調子」では言い表せない特別な意味があるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
国語辞書の中には「コンディション」の意味を単に「調子」「状態」で置き換えて済ませてしまっているものもありますが、用例を観察すると、「コンディション」には次のような二つの特徴があることが分かります。
一つは、表す対象の広さです。「コンディション」は、体調、天候、場所の状態について表すことができます。例えば、「ベスト・コンディションで試合に臨む」(体調)、「小雨の降るあいにくのコンディション」(天候)、「グラウンド・コンディション不良のため試合は中止になった。」(場所の状態)。
二つめは、意味的な限定です。「コンディション」は、勝ち負けや成功不成功など、結果の善しあしが出ることがらに臨む際に使われることが多いようです。例えば、スポーツの試合、コンクール、試験、手術などです。「コンディションを作る/整える」という言い方は何か前提とすることがあって初めて意味を持ちます。
以上を総合すると「コンディション」は、日本語の中で「体調」や「状態」とは類義語の関係にあるものの、意味的に異なる独自の領域を占めていると言ってよいでしょう。
日本語には数え方にもよりますが、何万という語があります。これらの語はばらばらに存在するのではなく、似た意味の語同士がそれぞれにまとまりを作っているという考え方があります。このまとまりのことを語彙体系と言います。語彙体系は固定的なものではありません。どのような観点から意味をとらえるかによって、異なる語彙体系を考えることができます。例えば、「魚」は、食べ物としては「肉、野菜、パン」などと一緒の語彙体系を作りますが、生き物としてとらえると「鳥、獣、虫」と語彙体系を作ります。また、新しい語が語彙体系に加わったり、語彙体系の中で語の意味関係が変化したりすることも珍しくありません。その意味で語彙は緩やかな体系であると言えます。
新しく語が取り入れられるときは、この語彙体系の中のどこかに位置付けられることになります。言葉の効率的な運用のためには、すべての語は意味が多少なりとも違っていると考えるのが妥当ですから、そこで既存の語との住み分けが起こります。外来語の多くは、既にあった和語や漢語のグループの中に新規の語として入ってきたわけですから、意味の似た和語や漢語との間で差別化が積極的に行われていると考えられます。
外来語が日本語に取り入れられる背景には主に三つのことが考えられます。まず、それまでになかった事物や概念を取り入れたものです。例えば、「インターネット」「コンビニエンスストア」「ラッキーセブン」などです。これらは語彙体系の中の空所を埋めるものと言えます。
次に、新しさを積極的に打ち出すために取り入れられた外来語です。これらは新鮮な感じを出すための文体的な差を積極的に生かして使っているものです。例えば、「ショッピング」「リビングルーム」「ストラテジー」(戦略)などです。語彙体系の中に、ほぼ同じ意味の類義語があるため、新規さが際立つことになります。
最後に、独自の用法として差別化する必要から取り入れられたものがあります。これらの語には語彙体系をより詳細にして、表現の幅を広げる効果があります。例えば、サッカーのファンを指す「サポーター」という語があります。「ファン」は、スポーツに限らず、芸能人についても使いますが、「サポーター」はサッカーの特定のチームを応援する人のことで、「ファン」に比べると限定的な用法になっています。最近、ショーアップした大掛かりなマジックを「イリュージョン」と言うことがありますが、これは既存の「マジック」という語では言い尽くせないものということで使われ出したものでしょう。外来語同士でも意味の住み分けが起きていることが分かります。
(山崎誠)