方言には古い言葉が残っていると聞きました。たとえばどんな言葉があるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』16号(2003、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
方言には、古い時代に使われた言葉(古語)が残っていることがあります。その例として、以下ツララの方言を見てみましょう。
上の図はツララの方言分布を示した地図です。この地図を見ると、共通語形と同じツララのほか、タルヒ・ホダレ・カネコーリなどさまざまな方言があることが分かります。このうち東北地方の太平洋側にひろく分布しているタルヒは、『枕草子』に「日ごろ降りつる雪の今日はやみて、風などいたう吹きつれば、たるひいみじうしだり」(302段)とあるように、平安時代の文献に用例を見いだすことができます。つまりタルヒはもともと平安時代に京都で使われていた語なのです。
このように方言には古い時代に、政治や文化の中心地であった京都で使われていた語が残っていることがあります。とくに東北地方にはそのような語が多く残っており、タルヒのほかにもナイ(地震)・メンコイ(かわいい)・アケヅ(トンボ)などが古語の残存したものとして知られています。
ツララの方言分布図をよく見ると、タルヒから変化したタロッペ・タルキが東北地方と九州西部という遠く離れた地域に分布していることが分かります。タロッペ・タルキは、東北地方ではおもに秋田県・山形県に、九州地方では天草地方・長崎県にあります。長崎県には、同じくタルヒから変化したと考えられるタロミがひろく分布しています。また山形県にあるボーダレと類似した語・ホダレが熊本県に分布していますし、新潟県から富山県にひろく分布しているカネコーリが中国地方にも分布しています。こうして見ると、ツララが分布する近畿地方を中心に、ほぼ同心円上にカネコーリ・ボーダレ・タルヒが分布するというかたちになっています。
このように方言地図を見ると、近畿地方を中心にほぼ同心円上にある、離れた地域に同じ語が分布しているということがあります。このような方言の分布のしかたを「周圏分布」といいます。「周圏分布」は次のようにして発生したものと考えられます。文化の中心地で新しい語が生まれると、その語が周辺の地域へと広がっていきます。続いて さらに別の新しい語が生まれると、それも周辺の地域へと広がります。それが何度も繰りかえされると、その中心地を中心とした古語の使用地域の輪がいくつもでき、「周圏分布」が形作られていくのです。そしてより外側にある語ほど古く、より内側にある語ほど新しく生まれた語ということになります。
なお、この周圏分布発生の理論を「方言周圏論」といいます。「方言周圏論」を最初にとなえたのは民俗学者の柳田国男です。柳田はその著書『蝸牛考』でカタツムリ(蝸牛)の方言分布を解釈するにあたってこの「方言周圏論」をとなえました。